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2007年4月30日 (月)

人物ファイル その2 トイチ

その2にしていきなり犬です。犬物ファイルに、、。

オープンしてまもなく、三ヶ月後の10月にトイチはやってきました。
フロアにふつーにボストンテリアを連れてくる方が居て、その子はサムエル君と言いますがかなり頭が良くおとなしい犬でした。
猫をおしなべると7匹ぐらい一緒に過ごしてきた猫派の私は、正直、犬にはいつも必ず吠えられていて、
良い思い出がなかったので、あまり好きではなかった。犬は吠えるのが仕事。と割り切っていたのですが
なんと、吠えない犬がいるということに、サムエル君が教えてくれました。

たまたま雑貨屋つながりで仲良くなった長崎のカフェに同じボストンテリアのビンセント君が、飼われていると聞き、偵察に。カフェに犬がいると言うことはどうなのか?とかを知りたかったのはあります。
ふつう、でした。
なーーんだってことで、サムエル君の飼い主にブリーダーさんを聞き(その頃はペットショップにもいませんでした)
ちょいと見に行くつもりで、久留米まで車でゴー。

もし飼ったらなんて名前にしようかと話してたときに、日本名がよい、で、即、トイチは?と決定。
まだ飼うかどうか決めていないのに名前だけ先走り。
ブリーダーのダフ屋のような雰囲気のおじさまは、かなり真面目な良い人でした。
三匹ころころといた犬くんたち。右手いっぱいぐらいの大きさ。

、、、、、一番目が離れているへちゃむくれは、離れ目だけからか、ほかのこより安かった。

車慣れてます、水が好きです、お風呂好きですよ、というおじさんの話は今もってますます実感。

で、気づいたらフロアに犬がやってきました。
トイチ45日!まだまだ超赤ちゃん犬。二頭身で歩くのもへたくそ。ぐらぐらー。

私を含め、犬を飼ったことのないスタッフばかり。
オープン三ヶ月目にしてこの頃のミーティングはトイチのしっこの躾についてばかり、話し合う、
今思えば間抜けなカフェ。当時はみな真剣でした、、、、。
それがトイチのフロアに来た経緯です。今は彼がいないと、寂しい?はず、、、、、。

人の顔をなめるのが大好きで、お風呂が大好き、海も大好き
ひなたぼっこ大好き、ご飯大好き(いままで一回も食べ物を断ったことなし)猫大好き、なべつかみ大好き。

嫌いなもの、
トマトのにおい、ハイテンションの人間の子供、、、、だけのかなりのんびりとした、人の良いおとなしい犬のようです。

2007年8月24日に5歳になります。
人間で言うと35歳。

毎年夏は海に行こうね。
いつも看板犬ありがとう。
お客さんの犬にはいつもあえて負けてくれてありがとう。
犬のくせにお店では気を遣ってくれていてありがとう。

さあ、これからもよろしく犬くん!

2007年4月27日 (金)

人物ファイル その1 まきちゃん

今まで沢山の人に会いました。沢山の手助けを受けました。
そんな私と関わった人たちを出逢いや、人柄をちょこっとご紹介していくコーナー。

その1

一緒にフロアの立ち上げからやってきてくれたのは
まきちゃん。
今もフロアを(私も)支えてくれている大事な人。

出会ったのは、天野君に聞いて、オープンカフェに来てくれたのは
まきちゃん大学4年生。おさげでした。
初めてあうのに、この先何がしたいのか、どうすすむべきか?そんな話をしてくれていました。

オープンカフェに来て、食べる時間無いときは持ち帰りでカレーを買う。
雑貨屋さんに来ては、いっつもポストカードを買っていく。
そんなまきちゃん。

彼女は、私がいろいろなところで働いていると、そのたびに必ず顔を出してくれ、おみやげに手作りの滋味深いおやつももってきてくれ、水俣に行ってからは、季節の挨拶の葉書もくれていました。

履歴書ももらわず、料理ができるかどうかも知らなかったけど、
一緒にしない?って誘ったのは、私の中ではごく自然で当たり前のことでした。
まきちゃんの水俣でのお仕事が、ちょうど終わったところだったのも、すべて縁だったのですね。

いままで一度もまきちゃんには「教える」事をしていません。
相談して案を出し、やってみて反省し、一緒に成長しました。
どちらかというと、料理の世界が浅い私は沢山教わってました。
もちろん今も。

親を大切にし、友人を大切にし、食べ物を愛し、
優しくて、厳しく、感謝を忘れず、人を立ててくれる。
真面目で、かなりドジ。

出会ってくれて、ありがとう。

今は彼女は週4回フロアで働き、週2回は「茶豆」という移動台所。
茶豆は個人でケータリング&デリバリー業をしています。

むかしの話。フロアオープン。

雑貨屋イクイップメントストアをオツヅキビル一階(現フロアの場所)で営業の一年間。目の前のおうちが壊され、空き地になってたのを覚えてますか?
空き地にはそのまま三階建てのビル風のおうちが建ちました。
一階はテナントの様子。目の前だよー。へんな店が入ったらいやだねえ、って話していて
ん??もしや??
ややこしい状況で働いてるカレー業。
もしや、店をだしてしまおうか?と思い立つ。なんせ目の前がテナント募集。
向かい通しの物件なんてなかなか無いでしょ。隣通しじゃないのがまたおつやねえ。
さ、ならば、スタッフスタッフ。
オープンカフェにきてくれた、天の紅茶の天野君の連れてきてくれていた子がずっと、連絡絶やさず、「何かするときは誘ってくださいね。」と言ってたのを思い出し、早速連絡。(連絡方法は電話か葉書か、、わすれたなー)

借りようとしたテナントはなんと飲食店禁止。
深々とお願いし、雑貨屋を新しい方に移動してもらい、今まであった方の場所に厨房を作りカフェに改装。
6月から冷蔵庫やシンク、ガス台、炊飯器、ビールケースなどなどなど用意に走り回る、暑い夏が始まりました。

そして、7/17イクイップメントフロア オープンです。
どうしていつもいつも、夏にオープンなのか?と汗だくでふと思った日。

メニューは チキンカレーにキーマカレー 日替わりカレー
日替わりご飯にサンドイッチ二種類、 ケーキ二種類、などなど。かなり今考えると少なめでした。
コンセプトは 
1、エスニックじゃない雰囲気で気軽にインドカレーを食べれる
2、17時までランチでお店の方々の休憩に間に合う時間設定
3、女子一人でもしっかりご飯が食べれる

きっと今も変わらないコンセプト。さあ、はじまりました!

二日目 密柑山へ。

水俣の山間にある、寒川水源っていうわき水の場所へ。
夏はそうめん流しで賑わうそうですが、今日は貸し切り。
イオンにマイナスがあるのは日本だけ(?)らしいですが、
良い香り。空気ができたてでころころ小石があって
水が浸みだしてます。Samukawa
お水をくんでから、がとごとがたごと。
海まででました。

前の方の日記であげたように、鶴岡食堂のちゃんぽんをお昼ご飯。
こんもりもられたちゃんぽん。麺はいつ見えるのだ、、、、、。
ビールでいい感じのおっちゃん達の言葉がまるで海外。聞き取れず、ぼんやりと
チャンポンと対峙。ずっと話しかけてくれていた、、、。
食堂は平日なのに12時前にすっかり満席。
やるなあおばーちゃん。

がたごとがたごと。

吉田さんちのみかん山に到着!
Mikann
ミカンは斜めの崖上の山にいろいろ植えてありました。
無農薬のおみかんたちはいろんな形で最高に味のあるみかん!いまある河内ばんかんを小屋で。Yosidasan
ライムの葉をかいだり、レモンの花を摘んだり、斜面に座って海をみながらお話ししたり。

今日いちばんの驚きの話。

輸入のグレープフルーツやオレンジって機械摘み。
木の根本に振動機をつけて、がーーーってゆらして実を落とす。
落ちたのをがんがんトラックに投げ入れ運ぶと、傷が付いて汚くなる。
傷を隠すために、機械で研磨して薄く一枚皮をはがす。
はがすと腐りやすくなるから(ほんとのミカンは取っても生きてて、中身を皮で息して守ってるらしい)
防腐剤の液にどぼんとつけて、艶がなくなった分はワックスでつやつけ。

、、、、、、おそろし。事実は驚異だな。

吉田さんちの安全な元気なおみかんは、奥の方にあじがある。ジューシーで爽やかな中に。
おいしいものを追いかけたら、手間がかかってるなあ。
作ってくれてる人々が居ること、大事にできるように、何ができるかなー。
そんな気持ちを味わう二日間。

丁寧に正しく、人とつきあい、料理をしよう。

素敵な出逢いだった。そして始まりだった。

二日目 朝 愛林館って。

Airinnkann
朝起きたらやっと晴れ!愛林館の全貌もみれました。
研修場所って事で宿泊も時間制。1時間150円!結局一人1500円。
この場所は何の場?
愛林館が発信するイベントや体験学習で、街や外から人が集まり、
地元の人と交流する、地元の人は自分の住んでいる地域の良さに気づく、地域の人どおしコミュニュケーションをとり、地域を活性化。
若い人たちが流出せず、地域で生き地域で過ごしたいと思えるように、、、、。
そのような施設のようです。
多くの県外の人々が訪れてます。興味あるおもしろいイベントをしています。
溢れる自然が人を包みます。
考えるなあ。
Tanada
美しい棚田がありました。
いろんなとこに問題を抱えているけど、棚田は雄大でした。
Sirotume
あさにお散歩しながら考えてのびをしたら、たくさんのシロツメクサ。
髪飾り作ったよねー昔って、編もうとしたらけっこう忘れてた。
道ばたの花で遊ぶの忘れてた。
こんなコサージュあったらかわいいな。髪ゴムもいいなー。なんて話して、
川に流しました。
さあ、今日も始まります。

2007年4月25日 (水)

一日目夜 愛林館

夕方まだしとしと雨。
石飛をでて、湯の鶴温泉に。Yunoturu
風情ある温泉街で、川が流れ、山は水墨画のように墨色が重なってます。
あさひ旅館っていうとこの、露天・展望風呂だけ入ることに。
一時間はいたけど貸し切りになって、ラッキー。
つっるうつるのお湯でした。露天の方のお風呂は檜で景色も良く、
しかし、あまりにも熱く、罰ゲームのようになるのでした。熱いお湯は嫌いではないが
入れないほど熱いのははじめて!!でも素敵だったのでまた行きたいなー。

ごとごと号で山に行き、愛林館に宿泊。
あいにく、館長は入れ違いで熊本に、、。鍵を借りてひろーーい館内を小さく二人で使用。
実習室で夜ご飯をつくって、頂きます!
Udonn
15人は寝れる広い会議室に二人適当に布団を引いて、なんと11時前には就寝。健康。

一日目 天の紅茶

阿蘇方面はよく行ってましたが、初の南下。
フロアのまきちゃんと二人で、一泊二日で「水俣生産者ツアー!」。
まきちゃんのがたごと号でおしゃべりしながら、進む。
P1000591
田浦の物産館で早速竹かごをお買い物、のちお昼ご飯。
自分でいろいろとる、学食スタイル。
白和え、菜の花、煮しめ、あら炊き、、と二人で分けっこ。
、、、、、あまーーーーーーーーい。さすが田舎。南下しています。
すべてがぬかりなく甘く、お茶をやたら飲む二人。

ごとごとと水俣に入る。山また山に入り、不安になるほど山にのぼると、ふと開けた石飛地区。
ここに、オープン当初からずっとお世話になってる天の紅茶のおちゃ畑が!
雨だったのもあり、囲炉裏小屋でまったり。
Otya
いろんな天野君とこのお茶を飲ませてもらい、たぷたぷになる幸せ。
おちゃ製造の工場も見せてもらい、使用法に悩んでる規格外の葉を試しのみしたりと、
お茶の世界をのぞき見。手間暇かけて、届いてるんだなーー。
あまりの山っぷりにどきどきして、山に圧倒されました。
まけたー。(勝つ気はありませぬが、、、)

水俣!

水俣!
まきちゃんと水俣で研修旅行中!丸島漁港近くの食堂で昼御飯。
もりもりチャンポン!

2007年4月22日 (日)

占いとカウンセリング。

今日明日とフロアでまえかなさんの手相占い。
銀色の玉のリーディングってやつもあわせて、占っておりました。
16時からはじめて11人!
大盛況です。
今回は三回目だけど、男子がお客さんの中にいるのと、相談が恋愛半分お仕事が半分。
今までにない展開です。(今まではオール女子で恋愛中心)
明日も予約ぎっちりです。
占い終わってカウンターに帰ってきた子達の話を聞いて、
占いってカウンセリングの一種なんかなーとか想ったり。
気になります。
私も明日話を聞いてみようかな。

2007年4月21日 (土)

晩御飯

筍ご飯
筍とセリの吸い物
車麩のフライ
ミニトマトとセリの甘酢あえ
アッサリきんぴらごぼう

絶妙な組み合わせで、どれも美味!茶豆ご飯でした。
写真は撮り忘れ、もりもり頂きました!
美味しいものは疲れを癒すなあ。

2007年4月17日 (火)

福岡へいったよ

P1000503

カレーの出張を利用して、少し早めにでて、イムズでやっていた「佐藤卓展」を見に行ってきました。
プロダクトデザインはだいすき。
パッケージで商品の運命が変わるのです。
デザイナーは出過ぎず、でなさすぎず、、、ううーん。かっこいいー。
見てない人は是非本を探してみてください。おもしろい!

2007年4月 8日 (日)

むかしの話。アルバイト。

閑話休題。

京都で日本画を勉強していた学生時代。
山のようにバイトしました。何が自分はしたいのか?わからないなら体験してみりゃいいやーと気になる場所を見つけては、バイト。
19歳では老舗のウナギ料亭。いきなり一人で着物着てお仕事。厳しかった分いろいろ勉強になりました。京都独特の厨房と外側のおばさまたちの争いに巻き込まれるのに疲れ、またウナギの日にレトルトカレーがまかないだったのにショックを受けた19の夏。

人間関係で疲れた私は、次はローソン。「ぜんちん」、、、前側に陳列をそろえること、、だったかな。パッケージデザインやらをみながら、整理するのが楽しかった。が、あまりの人間関係の薄さに飽きてしまった19歳の夏。

ほどほどの関係はほしい、そこで、いきなりバーに。18時から26時までのお仕事。それから、若さでバイト先の方たちと遊び帰宅は28時。(4時ですね)もちろん学生なんで、次の日は朝から授業。カクテルを作る楽しさ、オーダーをさばく楽しさで、いきなり店長が居なくなったあと、切り盛りしました、、、。
一ヶ月で体調崩しましたが、お金は貯まり、下宿からワンルームマンションへ引っ越しする資金に。ひどくなったアトピーを治すのに二年かかりました。実はまだ19歳でした、、、いいのか?
無理はしない方が賢明です。

のち朝に機嫌の悪いパン屋さん、震災をはさみ、田舎の喫茶店(ここは長かった。)、着衣デッサンのモデル、版画の版スリ、、、、美術館のバイト。ここで、バイトから就職に変わるのでした。

熊本にきて、アジア熱をごまかすために、アジア料理屋を探し出し、アルバイト。
最初は今はなき、ベトナム料理屋。しんじられないオーナーのもと、今まででいちばん精神と体がきつく、ご飯が食べれないという初の体験。人生でいちばん痩せました、、、。しかし、厨房に初めて入り、料理を作る楽しさに目覚めました。おもしろい!!

美術にまだ関わりたくて、美術館喫茶へ。同時に、県庁ちかくのタイ料理屋さんへ。
タイ料理屋さんではフロアのマネージャー適な方のしっかりした、動向がとても勉強に。かなりきっちっとしていました。ついでにタイ料理のタイ語は覚えれてラッキー。

熊本では知り合いが居ないので、うろうろといろいろ歩き回っていました。
そこで、亜細亜民芸きらきら を見つけました。タイ料理屋に行く途中で、、、。その後しばらくしてそこはやめたのですが、きらきらに出会って良かった。ずっといろいろ相談をしてきました。その話はまた今度、、、。

美術館喫茶で一本になったのも、そのころ、バーもはじめ、卸もはじめたからでした。
複雑に絡み合う出来事。どれも必然で、どれも大切な骨格です。
このとき、関西弁のふらふらした私をどれだけ熊本の人々は優しく受け入れてくれたでしょう。
ここで、生きていきたい。
と想いました。今でも、ずっとその人人は続いています。
大切な大切な出逢いでした。

2007年4月 4日 (水)

むかしの話。オープンカフェ時代

南インドでたくさんカレーを堪能。うれしさで、おうちで再現しようと本を買い込み毎日毎日毎日毎日二人分づつのカレー作り。たくさんたくさん作って楽しみました。これだーって味ができたとき、バイトしていたバーJOJOに差し入れ。インドカレーのおいしさを伝えたかった。
母(ヨーガの先生&エコマニア)が昔から作っていたカレーが、インドカレーだったのでカレーは日本のとろとろカレーやアジアのしゃばしゃばカレー、いろいろあるのはふつうだと認識してました。
熊本にきたころ、インドカレー屋さんってかなり本格的で、興味がある人しか入れない雰囲気。一般的に、あまりインドカレーの認識が少ないなあ熊本、と感じました。
で、南インドへ行って食べて、インドカレー=辛い ではないことを、インドカレー=ターバン ではないことを、すごく伝えたくなったのです。
バーで差し入れたカレーにオーナー正ちゃん(元がまだすのパーソナリティ)が興味を示し、私の入る土曜日のバイト日をカレーの日にすることに決定。
毎週土曜日、10人分いろんなカレーを作って販売させてもらうことに。
その間に、カレーを食べた酒屋さん(今はequipでも取引中)が気に入ってくれ、友人の美術館分館喫茶のオーナーに紹介し、喫茶の看板メニューとして、卸のカレー取引が成立。
この間、知り合いが東バイパスのインテリアショップのチーフになるということで、デッキでカフェをしてくれる人いないかというオファー。なんの知識もないけれど、出すメニューはある。真夏の日にかんかんかんかん、木を買い木を打ち付け、一気に机を5台作成。ぼろぼろのイームズの椅子の皮をはぎ、ひたすらこすり磨き、、、。
保健所で移動販売の許可も取り、7月中旬、インテリアショップと同時にオープンに間に合わせました。
おかげで5キロ痩せて、ちょっとラッキー!
毎週土日11時半〜19時までのオープンで一年間。
のち雑貨屋がオープンしたので、毎週日曜日だけで一年間。 のオープンカフェ時代。
そのころの私は27歳から28歳でした。動き回ってました。
土曜日  12時カレーデリバリー〜17時から20時半 雑貨屋手伝い〜21時から4時バーでバイト
日曜日 11時から19時まで オープンカフェ
月曜日 休み
火曜日〜金曜日 9時から17時 分館喫茶バイト〜17時から20時半 雑貨屋手伝い〜22時から家で仕込み
今考えると尋常ではないスケジュール。自分は今どこで何をしているのかわからないほどの目まぐるしさ。
お店を持つと一気に集約できるのになーっておもいだすようになってきました。

2007年4月 2日 (月)

むかしの話。学生になる。

さあ、熊本です。99年6月。親戚も友人も知り合いもいない熊本です。
県をまたぐ引っ越しは二回目。しかし、神戸から京都はまだ関西圏。しかも学生。
同じ立場の人々が居る世界は、その生活に入りやすいものです。
しかし今回は学生ではなく、THE無職。
しかしそこがAB型合理主義の私。京都時代に事前に調べておきました。
職業訓練学校!ビバ学生!

とりあえず、異国の地、熊本ではまず学校へ。
友人も作りたいし、のんびりしたいし、お金もほしいし。

最初は聞き取れずストレスだった熊本弁、話に出てくる土地の名前、独特の風習、熊本の道、、、。半年間でこの土地に、ココの人々についていくためにダッシュで覚えました。

温泉にいきつつ、道を覚えたり、いろんなお店に顔を出しつつ、熊本弁を覚えたり。
この頃出会ったお店の方々に実は未だ支えられています。
ラッキーな出逢い!

そして、いちばん難関はこの頃はじめた、友人のバーの手伝い。
強烈な熊本弁の酔客とのカウンター越しのお話。
聞き取れないから仕方なく、
「何言うとうか、わっからへんわーー」てなかんじのキャラで乗り切っていました。
いいかげんで適当なキャラをおもしろいと許してくれてありがとう、、。

そおして、99年ミレニアム。飽きたといいつつまたまた、アジア熱が勃発。
友人とタイはバンコクで待ち合わせて、(一人で安宿。大寒波で寒くて涙。)
南インドはチェンナイへ。目的はインドでインド人と映画を見て、食堂で葉っぱに乗ったご飯を食べる。
初めてお正月を海外で、しかもインドの海辺で迎えました。
インドにも初日の出をみる風習があったのですね。

この旅行がわたしの現在に近づくきっかけになったのです。Imgp1458_2

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